【中田考×内田樹 前編】「国民国家の終焉」と「帝国の台頭」で世界は再編される
内田:いま中田先生がおっしゃったように、価値を生み出すのは「人間」なわけです。人間の労働が価値を生み出す。かつて欧米列強は植民地を占領して、現地人を暴力的に奴隷化して富を収奪した。でも、今はそんな手荒な収奪は許されません。だから、「どうやって価値を生み出す人間を囲い込むか?」ということが緊急な国家目的になる。
「移民」については、「異質な人間がわれわれの国民国家に侵入してきて、土地を占領し、国富を貪る侵害・侵略する」という被害者目線からの論が語られますけれども、実際には地球上のどの国も実は「人間の取り合い」をしています。日本の場合でも、コロナ前は「インバウンド・ツーリスト」の消費活動に日本経済は大きく依存していましたし、アジアから来るマンパワー抜きではもう製造業も小売業もサービス業も回らなくなっている。「外から人間を入れる」ことなしには日本という国民国家は成立しなくなっている。ただ、日本社会が欲しがっているのは「消費する人間」と「労働価値を生み出す人間」だけで、彼らを同胞として、日本のフルメンバーとして受け容れ、連帯したり、支援したりする気はない。でも、こういう視野の狭いやり方では、「人間の囲い込み」という世界的な規模での競争に対応できないと思います。
日本はこれから急激に人口減少し、2050年には1億人を切り、2100年には5千万人を切ると予測されています。今から80年間で7千万人以上人口が減る。どういう社会になるか、うまく想像がつきません。でも、マンパワーとして市場として、喉から手が出るほど欲しいのは「人間」であることは間違いありません。
これは中国も同様で、中国は2027年に人口がピークアウトし、それからは年間500万人ペースで人が減っていきます。一人っ子政策がありましたので、中国では超高齢化と急激な人口減が同時に来ます。中国ではこれまで「戦狼外交」で隣国に高圧的にふるまい、国内でも「勝者が総取りし、敗者は無一物」という手荒な政治をしてきましたが、これは「いくらでも人口の供給がある」ことが前提でした。でも、その前提条件があと数年で失われ始める。中国が「一帯一路」やアフリカ進出にあれほど熱心なのは、投資先、中国製品の販路を探しているというだけではなく、マンパワーの供給元を確保するという目的もあるのだと思います。
それに対して、アメリカが中国に対して持っている相対的なアドバンテージは、人口動態です。アメリカはこれからも人口が増え続ける唯一の先進国です。確かにアメリカのグローバル・リーダーシップにはかげりが見えてきましたけれども、それでも人口動態的には中国に対してもヨーロッパ諸国に対しても、圧倒的なアドバンテージを持っています。
これから世界中の国々は「人間の取り合い」をすることになるわけですけれども、必要なのは生産年齢人口の「マンパワー」と消費者だけではありません。「イノベーター」も必要です。アメリカの圧倒的な人口動態上の優位は、インド、中国、韓国、台湾などの諸国から、それぞれの国で最もイノベーティブな才能が集まって来ることで支えられています。彼らがアメリカの学術的発信力、文化的生産力を高めている。
アメリカから帰ってきた友人に聞くと、今はカリフォルニア州の大学院博士課程はほとんどがアジア人だそうです。彼らの学術的な生産力がアメリカの学術と科学技術を牽引している。だから、当然、中国も対抗上、さまざまな手段で、世界中から創造的知性を集めようとしている。そしておそらく、この「イノベーターの取り合い」競争に勝ったほうが最終的に世界の覇権を握れる。この「人間の取り合い」には今米中はその国運を賭けていると言っていいと思います。
日本もマンパワーや消費者だけではなく、イノベーターが要ります。優秀な人がいないと国力は維持できません。それもただ優秀なだけでは足りない。自分が暮らしている国に対して深い帰属感を覚え、それゆえ「自分がこの国をもう一度V字回復させる」という強い使命感を持つ人でなければなりません。自分の限界を超えて仕事をする人でなければ、ここまで衰退した日本を再生させることはできません。そういう優秀な人をこれからどうやって世界から集めるか、日本でも中国でもアメリカでもロシアでも、すべての国で死活的に重要な課題になります。
ただ「金で釣る」ようなことをしたってだめです。自分の限界を超えて「オーバーアチーブ」してもらうためには、その人たちが集団に対して忠誠心や帰属感や同胞に対する責任感や使命感を抱いていることが必要です。それだけの「尽くし甲斐のある国」しか人を集めることができない。果たしてこれからの世界で、どの国が求心力のある統治モデルを提出できるか、その競争になると思います。これからの国同士の競争は、単なる軍事力や経済力ではなく、「この国のためなら一肌脱いでもいい」というイノベーターをどれくらい集めることができるか、その求心力にかかっているんじゃないかと思います。
(後編につづく)
内田樹(うちだ・たつる)
1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。現在、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想。ブログ「内田樹の研究室」を拠点に武道(合気道六段)、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第六回小林秀雄賞受賞、『日本辺境論』(新潮新書)で第三回新書大賞を受賞。二〇一〇年七月より大阪市特別顧問に就任。近著に『沈む日本を愛せますか?』(高橋源一郎との共著、ロッキング・オン)、『もういちど村上春樹にご用心』(アルテスパブリッシング)、『武道的思考』(筑摩選書)、『街場のマンガ論』(小学館)、『おせっかい教育論』(鷲田清一他との共著、140B)、『街場のメディア論』(光文社新書)、『若者よ、マルクスを読もう』(石川康宏との共著、かもがわ出版)など。最新刊は、『コロナ後の世界』(文藝春秋)、『戦後民主主義の僕から一票』(SB新書)がある。